Duolingoの価値って、学習コンテンツよりはそのガワ、クセの強い中毒性のあるイラストとキャラクターと、ソーシャルスタンプカード的な部分、「毎日やろうと思わせる仕組み」がコア・バリューだと思うから、LLMで無限に問題が作れてもなにもそこを毀損しないだろう。
し、Duolingoじゃなかったらスペイン語なんて勉強しない。
Duolingo、コンテンツは、強いて言えばクイズ形式で一問一答であることが重要だが、逆に言えばクイズ形式なら何でもよくて、数学や音楽のコースがあるのもそういうことだろう。Xのテキストインプットのプレースホルダー「今何してる?」にはもはやなにも答えられなくなっているが、そこを作り込んだらあるいは、毎日書く気になる日記アプリというのも可能性はあるのかな。いくつかの質問に答えていく、選択肢から選ぶ、マルバツで答える、一言答える、とかを15問ぐらい繰り返すと、その日の日記ができあがるみたいな。毎日やるバトン。Duolingo風SNS。掘り甲斐のありそうなアイデアかもしれない。
0-4!ケチャドバ!前半からちょっと泣きそうだった、ゴールへの渇望感、積極性、ヴァウちゃんはなぜ甲府に?来てくれて本当にありがとう。1人の選手によってこんなにも変わるのかというくらいの、能力以上に、雰囲気とか自信とか、そういうとこの周りに与える影響がある気がする、ありがとう。
朝、走って散髪した。セルフ散髪、自分に自信が持てる数少ないなにかだ。今日は調子に乗って、脳内で「今日はワックスとかでスタイリングしても大丈夫ですか?」「はい、お願いします」と会話を交わし、スタイリングもした。自分の天職は多分美容師とか床屋だったと思う。
夜、半年ぶりのポッドキャスト遊び。映画の浅い話をした。
今週の平日は毎日コーヒードリップした。以前は昼に二人分ドリップしていたが、妻が大学に通い始めてから、一人分ならいいやとインスタントで済ましてきていたが、今週は結構、昼にやってたと思う。朝、昼、夜(デカフェ)と、どこかではやってるはずなので、毎日ドリップしたという計算だ。今日なんかは朝昼夜、3回やった。自分一人のためにドリップできる、これも何ていうか、家で映画を見れるのと同様な、平穏な毎日のバロメーターだなと思う。「なぜ働いているとコーヒーがドリップできなくなるのか」という本も書ける。まあ、別に、相変わらず働いてはいるんだけど。
めちゃくちゃ久しぶりに家で映画見た。納税が終わり、クソ案件もほぼ終わり、心が平穏を取り戻しつつある。「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という本が、日本のありとあらゆる本の関係する賞を取ったと言われているが、読まずとも「生活に余裕がなくなるから」の一言で済む。自分の生活、人生に余白がないと、よく知らん人が作った作り話だったり戯言みたいな話を受容するような気持ちにならない。