yuta25のボルグ

なるか…ほんとうのことを書人(かきんちゅ)に…きっかけのポッドキャストはながら聞きで雰囲気だけどめちゃくちゃ面白かった、マジで世の中オーセンティシティっていう話になっているのでこの流れには与していきたい。

ネタバレ、自分は平気だが、敏感な人は多くて、やっぱり最近だとプロジェクトヘイルメアリーについて、てか去年から、ネタバレ論が度々出てくるので、映画を止めて皿洗いながらいろいろ思った。知らない状態は戻ってこない、不可逆、一回性は大切なんだ、というのはネタバレ厳格派、というか主に宇多丸をはじめとしたアトロクの面々の意見だ。よくない俺は口汚く「なんか処女信仰とかしてそうできもちわりいな」という罵り文句を思いつくが、角が立つしコンプラっぽいのでやめろと思う。一回性を重んじる人は多くいるが、俺にとってはそんなに大切ではない、というだけの話で、俺はどっちかといえば一回性よりも周回性に興味がある、といえばかっこよい言い回しでいいわと思った。

「一回性よりも周回性に興味がある」というフレーズを聞いて思い出した、 > おれはテキストの所有よりもアンチ所有に関心があり この言い回し。てかこの言い回しに憧れたのでパクってきたんだと思われる。あらためてフォーマットに沿って言い直すと、おれは物語の一回性よりも周回性に関心がある。

今、美容整形ってカジュアルなマーケティングがされすぎてて、倫理的にどうなのかって問題視されることがほとんどないと思う。しばらくすると、声をイケボに変えられる声帯整形みたいなものも可能になる、もうなってるのかもしれないが、これもそんなにだろう。体臭整形とかもまあ、受け入れられそう。性格整形、知能整形、これは倫理的に問題になりそう。なぜなのか。人は見た目が9割とかいう言説があるぐらいだから、内面こそカジュアルに整形してよさそうなのに。ちなみに、自分はやんわりと、美容整形、二重手術とかにも、いいんじゃない?と表向きは言いつつ、心の中では反対であるが、なんでかはよくわからないが、ここの線引きにヒントがある気がする。

ルッキズムは良くないみたいなことは表向きは広まっているが、逆に言えば内面による差別は暗黙的に許されている、例えば入試は学力による差別。「黒人だから不合格」は許されないけど、「バカだから不合格」は許されている。ルッキズムに対応する画一的な言葉は(多分)まだないが、インナリズム?インナリズムを黙認しないと社会が上手くまわらない。性格の良い、モラルのある、頭のいい人を選別している。

となると、手術で性格がよくなれる、頭がよくなれるのであれば、絶対に手術したいと思うだろう。そうすると、世の中、性格がよくて頭のいい人ばっかりになってしまうかもしれない。なんとなくわかってきたが、美容整形にやんわりと反対なのは、ルッキズムを内包していることと、肯定してしまうと全体として多様性が損なわれる方向に進みそうという危機感かもしれない。ルッキズムもインナリズムも多様性(とは?)の観点からは敵であり、だから美容整形にも性格整形にも反対なのかも。

勝ち!藤井が鬼の粘りでコーナーキックをゲットしたときに、ゴール裏を煽ったときに嬉しくてちょっと泣いた。レンタルという立場でありながら、魂で戦ってくれてありがたい。今日は最後ちょっと長めに居座って、ホリが顔見せにくるのを待った。出てきたときにまたちょっと嬉しくて泣いた。ホリのおかげで、アカデミー出身の選手を末永く応援するっていう謎の親心、メンタルモデルが俺たちに育まれていると思う、ありがたい。

手話講習会、今年度の上級クラスに入るための試験を受け来ている。今、読み取り試験(手話の映像を見て、文字に書き起こすやつ)が終わって、聞き取り表現試験(読み上げられる文章を聞きながら手話をするやつ)の前。読み取りはみな一斉にやるが、聞き取りは一人ずつで、待合室的な場所で呼ばれるのを待っている。自分は最後から2番目(15番目)なので、かなり待ち時間が長く、手持ち無沙汰でこれを書いている。なんとなく嫌な緊張がずっと続いて嫌な感じ。読み取り試験は全然できませんでした。

俺ってば「すべてに逆張りした結果としての中道」みたいなときあるかもしれない。AIを取り巻く話では、驚き屋や煽り屋は当たり前にうざいが、一方で正常性バイアスには自覚的でありたく、労働環境や生活環境において超ドラスティックな変化がかなり高い確率で起こるとも思う。国際情勢も、過剰に不安を煽ったり安心を謳ったりするのはうざいが、決定的におかしな方向に世の中が動く感じにも自覚的でありたい、みたいな。「急進派」にも逆張りして「保守派」にも逆張りして、「要はバランス」、中道に落ち着くみたいな。こういう寓話ないのかな。みんなと違うことを最優先で選んでいたはずなのに、気がついたら誰よりも凡庸な人間になってしまう、みたいな話。

逆張りとかではなくて、単純に普通の人という話かもしれない。

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