yuta25のボルグ

手話サークル。なんだかんだ毎回新しい人がいるみたいだ。見学の人など。毎回自己紹介をする。

電車座れなそうで来るか迷ったが、来た。行きは座れた。オミが今季初スタメン、圧巻のクオリティだった。J2ではレベルが違う、個人昇格あるぞと思えるほどの、100点の出来だったので、フルタイム見たかったが、やはり年齢が年齢なので後半途中で交代してしまった。結果は負け。悔しいけど、いい攻めがたくさん見れたので、めげないで次の試合を楽しみにしよう。帰りの電車は軒並み、終電まで満席らしい。ゴールデンウイークこのやろ!帰省とか禁止にしてほしい

「一貫性だけがオーセンティシティの源泉」と青木氏が言っていたが、んなこたない。一貫性が重要と言った途端に、誰かにとってのある種の呪いになってしまう。誰も呪われるべきではない。

栃木は小山にある老人ホームへ、祖母の面会に行く。1年半ぶりで、前回はコロナ対策がだいぶ厳しかったが、今回はめちゃくちゃゆるくて部屋で面会する。ベッドに腰掛けて1時間半ぐらい、傾聴と言っていいだろう、俺は傾聴が苦手だと思うが、祖母と会話しているときの俺は傾聴だと、振り返るとそう思う。人名がたくさん出てくるが、いちいち誰?と聞かずにうなずき続ける。戦争中の配給生活が辛かった話などもきく、お前の母さんに話すと「時代が違う」と怒られたもんだと言うので、そろそろまた時代かも、と返したが、キョトンとしていた。ばあちゃんのことを好きとか大切だとか、そういう気持ちはあまり持ち合わせていないが、世の中的な規範に合うとされている行動として、たまに面会に行くっていう選択をしているみたいな感じだが、会ったら会ったで身内話が毎回楽しい。身内話ができる他人、世界一コンテキストを共有し合っている他人という不思議な距離感がある。両親や兄弟に対してもそこまで大きく変わらない感覚があり、社会規範的に年に何回か会ったりしていて、会ったら身内話が楽しい他人という感覚。端的に言うとなんとなくドライな感じがしていて、だから先週見たセンチメンタル・バリューで描かれているような親子の軋轢みたいなストーリーがピンと来なくてハマらないのかもしれないと思った。

手話サークル。サークルの会長、50代ぐらいと思ってたんだけど、73歳と言っていてびっくりした。副会長も73歳、この人は2年前の初級講習会の先生で、知っていたが、それも知ったときはびっくりした。手話をやっている人、若く見える人が多い気がする。体の動きや表情をよく動かすからかなーと推察するが、どうだろう。自分の出身が甲府と言ったら、甲府は最近駅の近くがおしゃれな雰囲気になっててイケてる、いい感じとみんなから言われて「ないない」というリアクションをした、どこが?と思うが、2、3年前も大学の先輩か誰かから同様のことを言われた気がする。甲州夢小路(だっけか)あたりのことを言っているみたいだが、俺はああいう歴史っぽい見た目をした新築の商業施設に対して反射的に嫌悪感、ダサさみたいなものを感じるが、一般的にはオシャレ、良い雰囲気みたいになるのも、さもありなんというふうに思えてくる。先々週ぐらいの土曜、18時頃、両親と適当に夕飯を食べる場所を探したときにはどこも客が一杯で入れなかったし、街に若者が多いような気もしたし、富田監督も、かなり前から「駅の近くに活気が戻りつつある」と言っているし、夢小路のそういうダサさ、ハリボテ感が「イケてる」空気の醸成に一役買っているなら、ありがとうという気持ちがわいてきた。若者は結局、みんなが「イケてる」と言っている場所に集まるからな。手話は初めて自分の意思で選んで始めた趣味という気がするので毎度楽しくてテンションが上がるのかもしれない。サッカーや音楽やプログラミングは友達がやってたり、なんとなく成り行きでやったりしていたものばかりだが、手話は身の回りでは誰もやってなかったので。

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