栃木は小山にある老人ホームへ、祖母の面会に行く。1年半ぶりで、前回はコロナ対策がだいぶ厳しかったが、今回はめちゃくちゃゆるくて部屋で面会する。ベッドに腰掛けて1時間半ぐらい、傾聴と言っていいだろう、俺は傾聴が苦手だと思うが、祖母と会話しているときの俺は傾聴だと、振り返るとそう思う。人名がたくさん出てくるが、いちいち誰?と聞かずにうなずき続ける。戦争中の配給生活が辛かった話などもきく、お前の母さんに話すと「時代が違う」と怒られたもんだと言うので、そろそろまた時代かも、と返したが、キョトンとしていた。ばあちゃんのことを好きとか大切だとか、そういう気持ちはあまり持ち合わせていないが、世の中的な規範に合うとされている行動として、たまに面会に行くっていう選択をしているみたいな感じだが、会ったら会ったで身内話が毎回楽しい。身内話ができる他人、世界一コンテキストを共有し合っている他人という不思議な距離感がある。両親や兄弟に対してもそこまで大きく変わらない感覚があり、社会規範的に年に何回か会ったりしていて、会ったら身内話が楽しい他人という感覚。端的に言うとなんとなくドライな感じがしていて、だから先週見たセンチメンタル・バリューで描かれているような親子の軋轢みたいなストーリーがピンと来なくてハマらないのかもしれないと思った。