熱は下がって、食欲も無くはない気がするということで、夜に、冷奴とひじきのきんぴらを食べた。2日ぶりに口にする固形物の味を噛み締めながら、これからは口の右側も積極的に使って噛んでいこうという新しい気づき、目標を得る。食後、おなかからお尻にかけて、内臓がグルキュルと音を立てながら断続的に動き、自分が1本の大きな管であることを実感する。

「ポップ中毒者の手記」の1ページ。わかるー、とか思いながら読んだが、この文章は1988年に書かれた(?)ので、この共感は錯覚っぽい。「流行の先端」の呼び方はまた何回か変わってそうなもんだが、どうなんだろう。「流行の先端」という概念がなくなっている、あるいはかなり存在感の小さなものになっているか?「『流行の先端』史」が読みたい。