昼、近所の、就労支援施設併設カフェ、つむぎカフェというところに行ってみた

手話サークルの友人が「最近働きはじめたから来てー」と毎回宣伝していたのがきっかけ。発達障害的な方が従業員として働いているカフェで、その友人もなんらかの発達障害を抱えているのかな?と予想している(ちゃんと聞いたことはない)。従業員が奇声を発していたり、なにかもので壁を叩いていたりと騒がしい空間だが、不思議と落ち着く。手話の集まりで、ろう者が多くいる場所にいるときも、たまに感じる安心感がある。身も蓋もない言い方をすると、俺は障害者が集まっている場所にいると安心する感覚がある気がする。社会に受け入れられない人がいていい場所、受け入れられる場所っていうことが、自分もいて安心する、そういう場所があるという実感があるのかもしれないし、俺はなんでかわからないが、おそらくほぼ健常者なわけだけど、社会に受け入れられていない感覚をなぜかうっすらと抱き続けていて、こういってはなんだが、ろう者や発達障害の人たちに対して、シンパシー、仲間意識みたいなものがあるような気がする、手話の勉強をはじめてから、たまにそんなことを思っている。向こうからしたら仲間なんてとんでもないやめてくれという感じかもしれないから大っぴらには言わないが、有害にならない程度に自分の中で言語化しておくぶんには、仕方ないだろう。というようなことを、帰りに自転車をこぎながら考えた。