俺は随分と、この記事に対して「騙されないぞ」という警戒心が働いている…一昔前の俺だったら「さすがけんすうさん!わかりやすくてロジカル!」と膝を打っていたところだが…。そもそも、「その人、悪人ですよ」と教えてくれたら、まず「うわ、知らなかった、ありがとうございます」と感謝した上で後味が悪くなって然るべきだろう。俺は軽はずみにだれかと仲良くなったり、なにかをシェアしては、後で後味が悪くなった経験をたくさんしてきたしこれからも繰り返しそうだが…そういう反省を無視して、「その人悪人ですよ」と教えてくれる人の行為を「私刑」扱いして巨大化しているというのが1つ目の詭弁である(キリッ
2つ目の詭弁は以下の文。
「この方向で物事が進むと、僕とか落合さんみたいに「フォロワーがたくさんいて、人脈があって、お金も使えるタイプ」こそが圧倒的に有利になってしまいます。攻撃するリソースが豊富だからです。」
これはどう考えても嘘で、お金も余裕もなければ裁判なんかできるわけないので、ネット世論に訴えるというのはまさに弱者に残された、リソースがなくても実行しうる数少ない手段なので、「後味悪くする作戦」が普及したときに困るのは間違いなく「持てるもの」(持たざるもの、の対義語)である。どこからどう見ても「保育園落ちた日本死ね」の一文が国会で読まれた事件は、ネットの可能性を示しただろう、地位、財産、属性に関係なくリソースなんかPCのキーボード、スマホのフリック入力さえあれば匿名な誰かの声は国会に届きうる、そういうツール、技、作戦、ムーブメントを沈静化させようというのは「持てるもの」のポジショントークに他ならないだろう(キリッ
ノリウツギのノゾム、最後の一花を切り落とす前に撮った遺影。復活するかもしれないので、引き続きノゾムと呼んでたまに水やりをするつもり。
毎月1日は姉フレの日♥
友人と神楽坂で遊ぶ。あげづきのとんかつを食べた。俺はキャベツをおかわりして、ギリギリ食べきったが、友人はキャベツとご飯を大盛りでおかわりして、とんかつひと切れとご飯を7割ぐらい残してしまった。とんかつって急にお腹いっぱいになっちゃうからしょうがない。ひとくちを境目に、腹五分目から十分目に一気になる、連続的な変化ではなく、跳躍的な変化。
ふらっと立ち寄った江戸川橋のコ本やという古本屋で、ちかくサンのzineを見つけて、一方的に知ってるだけだが、知り合いの本を見つけたかのようにはしゃいで2冊購入。素敵な本屋でした。
友人のポッドキャストにゲストで参加した。緊張をコントロールするコツは宇多田ヒカルの最近バズってた言葉を参考にしたけど緊張はしたし、あんなんでよかったのかなーという不安もあるが、楽しかったので良かった。話の中で出てきた記事について、テンションあがりすぎて「あれはもうエピタフですね!」とエポックとか記念碑とかそういう言葉を使いたかったのに、エピタフ(墓碑?)言ってしまったことに今気づいて、それだけが気がかり。
8月31日のロングサマー、2-4巻を読んだ。無料ありがたい。1巻を去年の8月31日に読んで、今年の1月から連載を読み始めたのだけど、ちょうどその間が埋まった。どこかでファングッズなんかを買って無料の埋め合わせをしたい。
ひらやすみを読もうと思って、マンガアプリを物色した。1巻をピッコマで買ったが、禁止されていてスクショができないことに気づいて、別を探すことに。2巻はLINEマンガで買ってみた。
甲府対鹿児島をDAZNで観た。勝った、勝てばよかろうなのだ!今日は台風を気にして行かなかったが、水曜日は倍パワーで7年ぶりの等々力へ乗り込みたい。
ひらやすみ、5巻まで読んだ、面白すぎる。ヒデキが好きだ。ヒデキが会社辞めた回、ふつうに泣きました。なんて面白さだよこのマンガは。日常系で、群像劇であり、一話完結的であり、しかし全体の時間やストーリーはゆるやかに進んでいて、それで話がわからなくなるようなところが一つもない、マジックとしか言いようがない。
LINEマンガはデバイスの縦横を固定したときに縦レイアウト固定されてしまうのがイヤだったので、3巻をebookjapanというプラットフォームで買ったところ、アプリの出来もなんかいい感じだったので7巻までここでまとめ買いした。ページをめくるときのスライドのスピードとかちょうどよい、手練れの人たちが作った感じがする。左下に今の進捗が、めくってから数秒だけ表示されるUIがお見事!右から読むから普段は見えないけど、話の合間の空白ページとかあるときにだけ見える。あーもうすぐ終わっちゃうなとか、あと半分ぐらいあるなとか、そのときに意識する、これは物理本を読んでるときの感覚とかなり近い。ページを移動するのUIも使いやすく思う。ebookjapanはいいぞ!
なんとなく、早めに仕事を終わって母方の祖母に電話した。多分、1年ぶりぐらいだと思う。今日、老人ホームに入居する予定だったけど台風で延期になってしまった、9月4日の入居になっちゃった、今日行きたかったのに、という話を10回ぐらい聞いた。そのたびに自分は、久しぶりに電話したら、ちょうどそんなタイミングだったんだねぇ、と言った。また、「ひとりで生きていくのって大変だね。」「早く死ぬのを待っている。」「死ぬ薬が発明されればいいのにね。」「ふとした瞬間にぽっくり死にたい。」という話を10回ぐらい聞いた。そのたびに自分は、そうだねえ、でもそんなこんいっちょし、と言った。詳細な歳は忘れてしまったが、90歳を超えた人でも、孫にこういう弱音を言ってしまうんだと思うと、ちょっと泣きそうになったり、そういう状況にしてしまっているものたちへ少し腹が立ったりしたが、でもこういう感じに対応するのが億劫で電話することから1年も遠ざかってしまっていたんだなと思ったが、もうちょい頻繁に電話しようと思った。
私が日頃から感じているモヤモヤが言語化されたこと、なし。
朝起きたらノリウツギのノゾムがしょんぼりしていた、なんかダメかも。毎日水やってたが、なにがダメだったのだろう、台風か?かなりショック。腰水もせずにちょっと諦めている